
【 新入社員 】
翌年4月の入社を前に、大卒予定の新入社員がインターンとしてお店にやって来ました。
これまでセレクトショップで働くということは、中卒や高卒で、肉体労働やコックを目指すように、ファッションを目指して若い頃から入るケースか、もしくは、わたしのようにアルバイトから本業にスイッチする人がほとんどで、共通しているのは、いわゆる「洋服に魅せられた」人達でした。
そんな環境の中、いち企業の就職先として入って来る大卒社員と、アパレルが大好きなわたし達とでは、ファッションに対する熱量が明らかに違いました。
わたしは、その違いに、どこか戸惑いを感じていました。
会社としては新入社員にある程度の気遣いをもって、「こうした格好がいいよ」「これを買っておけ」と助言をして、彼らもそれに従います。すると、数ヶ月もしないうちに、その身なりは、すっかりセレクトショップの人になっていました。
【 超えられない壁 】
どちらかと言えば、わたしも最初はそんな感じで、先輩達の当たりこそ厳しかったものの、あれこれ助言をもらいながら、ここまでやって来ました。
とはいえ、彼らとわたしとでは、どこかが違います。
新入社員のそれは、会社のオリジナルや扱っているインポートで構成した、個性ある制服のようなものでした。
彼らも自分達のことは充分理解しているので、必要以上に攻めた格好はしません。
そんなこともあって、先輩社員達も新入社員の格好には軽めの指摘をするくらいで、あからさまにダサいだ何だと突っ込みを入れることはありませんでした。
とはいえ、新入社員は、社会人としては(むしろ)出来た人ばかりでした。性格も良いし、学校の同級生のように、すぐに仲良くなりました。
さらに仕事にも真面目ですから、少しでも先輩社員に近づこうと、わたし達アルバイトに着こなし等の相談をしてくれます。
ただ、相手の興味の器(うつわ)と、こちらの伝え方がうまく噛み合わず、お客さんに接客する程度の回答しか伝えられません。
ここに見えない壁があったのですが、果たして、それは必要なものだったのでしょうか。
わたしは、その答えを知りたくありませんでした。
【 新たなフェーズ 】
結局、ファッションなんて外側の話なので、講釈をたれる方が野暮だという結論に達していました。
きっと彼らは年数を重ねるごとにポイントを掴み、アパレル会社の社員として成長していくのでしょう。
そう思うと、これまで自分なりにショップのブランドイメージや威厳を保って来た先輩社員達の役割も、少しずつ変わっていき、販売や通常業務に焦点が絞られていきました。
ちょうどその頃、『Begin』という雑誌が重宝されるようになりました。
この雑誌は、ショップ店員の聖域となっていたニッチなインポートアイテムを次々と紹介するもので、それまで身内の会話や接客文句として口伝されていたものが紐解かれ、一般化したタイミングだったと思います。
他の雑誌でも時々ショップ店員が取り上げられることはありましたが、その考え方も徐々に表に出るようになり、着こなしの定石も、誰もが辿れるものになっていきました。
こうしてショップ店員は、次第にアドバイザー的な役割となって、どこか魅惑の部分が薄れていくのでした。
どちらかと言えば、この部分だけを高めて行きたかったのに…
【 離れる者 】
元モデルの同僚は、相変わらず洋服が大好きで、どうすればカッコいいのか、掴みどころの無い、でもどこか共感もできるような、言葉にしづらい感覚の高みを目指していました。
着こなし云々では、2、3歳上の新入社員に対しても、ダサいだ何だと容赦無く言葉を浴びせていましたが、そういうキャラクターとして温かく受け入れられていました。
その頃、彼はサボりも目立つようになり、基本的な業務もあまりやらないタチなので、新入社員とは、まるで真逆の存在でした。
また、社員への締め付けも厳しくなっていったのか、年長社員さんがフランスのお店に行く回数も減り、社内のファッション談義も少しずつ減っていきました。
比重がファッションから業務に移ってしまったことで、同僚はますます出社する頻度が減っていきました。
ファッションを言語化出来ない人間にとっては、少し居づらい環境になってきたのかもしれません。
最初は、わたしや先輩アルバイトが連絡を取って、何回かに一回は出勤してきたものの、やがて全く来なくなり、そのまま会社を辞めてしまいました。
元々、何にも縛られない天性の自由人でしたから、その後はショップを出入りしていたスーツ制作の会社にアルバイトとして入りますが、一年ほどで辞めてしまい、その後も転々と、いわゆるローリングストーンのような生き方をしていくのでした。
【 ふたつの選択 】
社内ではアルバイトより社員が格上という基本ルールは健在でしたが、新入社員の人達は、業界が長いわたしたち古参のアルバイトを慕ってくれていて、結果的に新入社員はわたしたちアルバイトの部下のような関係になっていました。
まさに、謎の「ねじれ現象」が起こっていたのです。
ショップとしては、やりにくい状況だったと思います。
そして、ある日、古参アルバイト数人が呼ばれ、決断を迫られます。
社員になるか。
アルバイトを辞めるか。
です。

