1993|代官山・渋谷「レセプションの夜、原宿への誘い」
【 レセプション 】

ある日、小さなセレクトショップの社長が、お店に買い物に来てくれました。

そして帰り際、「今晩、代官山のブランドでレセプションがあるんだけど、一緒に行かない?」と声をかけてくれました。

それは、フランスのデザイナーズブランドで、もともとはレディースからスタートし、ミニマルなデザインで人気を集めていました。

最近になってすぐ近くに小さなメンズ店舗ができ、その日はちょうど一周年のレセプションでした。

その夜、社長と、そのショップで働く先輩、そして生産を担当していた先輩と、4人で向かいます。

そして、店前に到着すると、代官山の店の前には、人が溢れていました。

店に入りきらない人たちが通りにまで滲み出し、笑い声やグラスの触れ合う音が、外にまでこぼれてきます。

ここのスタッフは、わたしたちのようなセレクトショップの人間とはどこか毛色が違い、店全体にスッとした緊張感が漂います。どこか洗練されていて、素直にかっこいいと感じます。

そこの店長をはじめ、先輩たちの知り合いも多く集まっており、皆が楽しそうに話しています。

そこはクラブで出会うのとは少し違う、ファッション業界独特の品格を感じる空間です。

当時はレセプションという場自体がまだ珍しかったので、こうした光景のひとつひとつが新鮮に映りました。

 

【 戸惑い 】

その一方で、現実は静かに近づいていました。

「社員として残るのか、それとも店を離れるのか」

わたしを含めたアルバイト数人に与えられた猶予は、あと3ヶ月でした。

一度はこの世界に身を投じる決心をしたはずなのに、いざその先を考えたときに、自分の中にある未知の可能性のようなものが、かえって足踏みさせてしまいます。

もっと違う世界を見てみたい。けれども、自分をここまで育ててくれたこの会社で、もっと張ってみたい。

そのふたつの気持ちのあいだで、わたしは揺れていました。

とはいえ、この決断で先の自分が決まってしまうことが怖かったのです。

 

【 それぞれの決断 】

周りの仲間たちは、次々と進む道を決めていきました。

先輩のアルバイトは、迷いなく社員になる道を選びました。

前のセレクトショップ時代から数えれば経験も長く、確かなセンスを持ちながら、地に足のついた性格の持ち主です。いかにも彼らしい選択です。

後に、彼はバイヤーのトップポジションで活躍することになりました。

また、ずっと一緒に働いていた、ひとつ下の友人も、近所のセレクトショップへ移りました。

同世代の洋服好きが集まる、熱量の高い店です。どの分野にも奥行きがあって、彼にとっては、まさに居場所と呼べる環境だったと思います。

そのほかにも、同い年の後輩たちは、それぞれメーカーや有名セレクトショップへと進んでいきました。

気がつけば、自分だけがその場に立ち止まっているような、そんな感覚に包まれるのでした。

 

【 有難い誘い 】

今振り返ると、迷い続けていたわたしを気にかけてくれていたのだと思います。

あるとき、あのフランスのブランドの店長が声をかけてくれました。

「もし渋谷の店にいるのが嫌だったら、うちに来なよ」

その店長は、わたしが入る前に渋谷の店にいた方で、友人からも数々の逸話を聞かされていた人物です。

わたしは、突き詰めると、ファッションに早い遅いはないと信じていますが(この話は後日)それでも、例外的に「早い」と言わざるを得ない、目のつけどころが、根本から違う人です。

そのため、彼からいろいろと学びたい欲求は高まります。

それに、そのブランドの服は、デザイナー自身が大柄ということもあって、自分の身体にすっと馴染むサイズが揃っていました。

しかし、渋谷の店が嫌だったわけではなく、将来が決まってしまうことが怖かっただけで、このオファーは、自分にはあまりにも高い場所にも思えました。

どちらが正しいのかはわかりません。

何ひとつ決めきれないまま、時間だけが過ぎていきました。

 

【 しゃぶしゃぶを食べながら 】

そんなある日、小さなセレクトショップで働く先輩から「今晩ひま? 社長と3人で、ご飯食べに行こうぜ」と、声をかけてもらいました。

連れて行ってもらったのは、渋谷のNHK近くのビルに入っている、少し高級そうなお店でした。久しぶりのご馳走に、どこか気持ちもほぐれていきます。

料理が運ばれてきた頃、先輩がまっすぐに聞いてきました。

「これから、仕事どうするの?」

わたしは、迷っていることを正直に話しました。

すると、思いがけない言葉が返ってきました。

「タカハシ、うち来ない?」

原宿に良い物件が見つかり、2号店をオープンする予定だそうです。

あまりにも突然の話に、驚きました。

社長はわたしの二つ上、先輩も三つ上。どこか部活動のような、若い熱量に満ちた空気があります。

接客以外に特別なキャリアがあるわけではありません。

それでも、その場には確かに、言葉では言い表せないエネルギーがありました。

その日は返事を持ち帰りましたが、自分の中で、何かが少しずつ定まり始めているのを感じていました。

また、ここにはモデルやスタイリスト、DJなどが出入りする不思議なお店で、ほかのセレクトショップとはまったく違う人間関係がありました。

そこに入るということは、アルバイトでありながら少し認められた立場を手放し、もう一度、丁稚からやり直すということでした。

そして、それがわたしの次の選択でした。

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