1993|原宿「もうひとりのスタッフとオープン前夜」
【 もうひとりのスタッフ 】

原宿店の内装工事が進む中、渋谷店では、わたしと同じように頻繁に顔を出している人がいました。

彼はパリから帰って来たばかりのスタイリストの卵だそうで、ひとつ歳上の先輩です。キャスケットをかぶり、ブルーのレザージャケットをよく着ていました。

普段の彼は、わたしの周囲にいる欧米系のカジュアルスタイルとは違い、どこかのブランドで服を選んでいる感じが一切しません。

パリの蚤の市で買い集めたような、周囲にはあまり居ないタイプのカジュアルスタイルでした。

そんな彼は、わたしと一緒に原宿店のオープニングスタッフとして入るそうです。

もちろん、スタイリストとして一本立ちするまでの期間限定と聞きました。

当時のわたしは、先輩たちから話題を振られると、一生懸命何か返そうとするのですが、大して話も広がらず、スルーされることも多かったです。

一方で彼は口数も少なく、落ち着いた雰囲気でした。必要な言葉だけを淡々と返している感じです。

わたしも気にせずドッシリ構えられたらなぁ、なんて思いますが、これはなかなか変えられないですね。たぶん性分なのでしょう。

そして、彼は後に大御所スタイリストになり、さらにマルチな才能を開花させていきますが、それは少し先のお話です。

 

【 完成、原宿店 】

いよいよ、原宿店の内装が完成しました。

はじめて駐車場を見に行った時と同じ道のりを進みます。通りは数ヶ月前と変わらず、閑散としています。

店のあるビルを曲がると、真っ暗な駐車場だった場所が、大きなブルーの「M」「I」「W」3つの看板を掲げた、出来立ての店舗へと変貌していました。

駐車場の入り口はガラスで塞がれ、内側には棚とディスプレイ用の木枠が設置されています。

床はグレーのモルタルで、壁は白くペンキで塗られたブロック塀。全体的に明るい店内です。

正面には、少し背の高いガラスケース付きのレジ台があり、左右の壁は天井近くまでブロックが積み上がっています。

右手のブロック塀には鏡が取り付けられ、縁はカラフルなタイルで囲われていました。

壁沿いには上下にストックが置ける稼働式の棚が並び、中央には島台の什器が何機も配置されています。

あとは商品が入るだけです。

 

【 原宿店の商品構成 】

原宿店の品揃えは、渋谷店で扱っているストリート寄りの構成とは、かなり違いました。

渋谷店がアメリカのストリート色が強いのに対して、原宿店は欧州色に振っていました。

わたしが前にいたセレクトショップで見たことのあるブランドも何社か取り扱っていて、ロベルトコリーナやマリオマッテオ、ジョセフなどがありました。

どれも、たしかセムやピッティといった海外展示会でオーダーした商品だったと思います。

当時は日本生産と海外生産の面構えがまったく違いましたから、海外ブランドはそれだけで特別に映りました。

それに、とにかく価格設定が他のセレクトショップより段違いに安かったので、派手さはないけれど、妙に売れそうな雰囲気を醸し出していました。

ほかにも、エルメスのスカーフやグッチのビンテージボタンなどでカスタムされた、パリ在住の知人デザイナーが作る洋服もありました。

このアイテムはその性質上、限定生産でもありました。これぞインディペンデントなショップならではのカスタムアイテムだったと思います。

そして奥にはレディースコーナーも設置されていて、パリで活躍していた日本人デザイナーの服だったり、オリジナルのワンピース、そして「gr816」という新進のブランドも入荷していました。

このブランドは当時の海外雑誌でもデカデカと取り上げられていて、話題になっていたブランドです。

 

【 目玉商品 】

さらに、原宿店のオープン用に特別に仕込んだ商品もありました。

それは、ワールズエンドのコレクターズアイテムです。

ひとつはジャケット。これはバッファローコレクションのサンプルだと聞いています。

もうひとつはキース・ヘリングのプリントが入ったスウェットで、また別のコレクションのアイテムだったと思います(わたしは詳しく無いので、それ以上、深掘りしませんが)。

最後の一点はすぐ売れたので忘れてしまいましたが、その3つの商品は、店の高いところに吊るされてディスプレイされていました。

これは、社長が高校生の時にどっぷりハマっていたビビアンウェストウッドの系譜だそうで、わたしと言えば、当時ザ ギンザで展示をしていたのを見に行ったくらいしか触れていませんでしたから、新しいジャンルに触れたように感じ、とても新鮮に映りました。

この世界は、その後の日本のストリートファッションに多大な影響を与えているだけに、こういうアイテムが店内に吊るされているだけで、空気が変わる感じがします。

さらにスニーカーは、黒いキャンバス地のエアフォースワンを大量に買い付けていました。

これは、多大な影響力のある知り合いのDJが紹介したことで、一部の人たちの間で話題になっていたアイテムです。

日本での取り扱いもほとんど無かったので、こちらもまた、買いやすい目玉商品となりました。

 

さぁ、これで準備は整いました。

しかし、住宅街の路地にポツリと出来たセレクトショップ。

人通りもほとんど無いこの場所で、果たしてやっていけるのだろうか?

けれど数年のうちに、ここが人で溢れる買い物スポットになるなんて。

この時は、微塵も感じていませんでした。

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