1993|原宿・渋谷「路地裏の未来、渋谷店の空気」
【 原宿にある駐車場 】

ある日、社長から「新しいお店の物件を見に行くけど、一緒に来る?」と誘いがありました。

もちろん、新しい職場になる場所だったので、ふたつ返事で一緒に行くことにしました。

原宿店の予定地は、竹下通りから明治通りを渡り、100メートルほど入った場所でした。

左手にあるビルの脇道を曲がり、路地を数メートル進んだところに駐車場がありました。

そこは、真っ暗なコンクリート打ちっぱなしの駐車場で、ここから、どのように店舗になるのか想像もつきません。

駐車場の向かいには、美容室があるものの、この路地には人通りも無く、正直「お店としてやっていけるのかな?」といった感じです。

 

【 怖いお店 】

渋谷のお店でよく語り草になっていたのは、当時のお店は怖かったという話があります。

その店には、ひっきりなしに誰かが遊びに来ていました。しかも、クセの強そうな人ばかりです。中には雑誌でしょっちゅう見かける人も遊びに来ています。

店内にいるのは、お客さんより知り合いのほうが多いです。

でも、お客さんそっちのけで会話はワイワイガヤガヤと盛り上がっています。

そして、お客さんは放置スタイルです。

そりゃ、緊張する空気にもなると思います。

これは、わざと威圧的にしているワケでは全く無くて、もちろん、在庫を聞かれれば、裏から持って来るし、質問にも普通に答えます。だからといって、愛想良く振る舞うこともありません。

気になることがあれば、店員のほうからお客さんに話しかけることがあって(ただし、商品の話じゃないことがほとんどです)、しかも、軽くいじったりもするので、いきなり話を振られたお客さんは、マゴマゴしてしまいます。

この居心地の悪さが、逆の効果を生んで、このお店で買い物をするステイタス性に繋がっていたのかもしれません。いずれにしても、怖いお店というのは、意図せずに作り上げられていました。

まぁ、これで成立してしまうのは、時代だったのかもしれませんね…

 

【 渋谷店のスタッフ 】

そんな渋谷にある5坪のお店は、3人の先輩達が働いていました。

ひとりは、元同じ店でバイトをしていた、わたしを誘ってくれた先輩です。

体も声も大きくて、豪快といった表現がピッタリな人です。

当時、その先輩とわたしは見た目の雰囲気が似ていました。パッと見で間違われることもあります。豪快なのが先輩で、細っこいほうがわたしです。

また、先輩は頭の回転も早い人なので、話が面白い反面、いじられるとタジタジです。その一方で、面倒見がよく、わたしを色々なお店に連れていってくれました。そのおかげで、いろんな人と知り合いました。

そして、知らない世界をたくさん見せてもらいました。

 

もうひとりは、わたしと同じ歳の先輩社員です。彼はヒップホップムーブメントに精通している人で、わたしがどっぷり浸かっていたアパレル業界を、どこか冷静に見ているところがありました。

彼は服そのものには、あまり興味がなさそうでした。だから一見、冷たく感じました。

でもそれは、価値観の置き所が「文化」にあったからで、同業(アパレル)に媚びることも無くフラットに見ていたからです。

もしかすると彼は、この先に起こるセレクトショップの変化を、すでに感じていたのかもしれません。

(詳しくは後のブログにて触れる予定です)

一見、無愛想な雰囲気ですが、本当は本音をあまり知られたくない、シャイで優しい人でした。

 

あとひとりは、これから出来る原宿店の店長になる女性の先輩です。

元々は近所のレディース店で働いていた人です。わたしの働いていたセレクトショップの女性社員とも、仲が良い方です。

その後、たくさんのクセの強い人達と知り合うことになるのですが、どこか天然で、マイペースな性格だったので、誰に対してもニュートラルに接していました。わたしにとって、彼女の存在は大きくて、自分を見失わずに、ここまで来れたのは、彼女の背中を見ながら、成長したからだとも思っています。

 

【 RRL 】

この小さなお店は、ヨーロッパのほか、アメリカ買い付けに行くことが多かったです。いわゆる並行輸入ですね。

ある日、ラルフローレンが新しいブランドをはじめたらしいとの情報が入って来ました。どうやら、本格的な古着加工をしていて、かなりボロい感じだと聞きます。

それまでの古着加工と言えば、普通のウォッシュ加工や、ダメージ加工、ケミカルウォッシュなどありましたが、どれも加工はしているものの、白くて清潔感のあるものでした。

数週間後、その商品が店に入荷してきました。

6ポケットのデニムパンツで、裾まで極太のシルエットです。

衝撃だったのは、その色です。

土に埋まっていたみたいな薄茶色の味加工。

新品なのに、すでにビンテージの“風格”があって、誰かが穿き潰したような面構えです。

このラルフローレンの新しいアプローチに周囲でもちょっとした話題になりました。わたしも早速買わせてもらって、ヘビーローテーションで穿いてました。

このボロいのに新品という切り口は、これまでのビンテージ文化と別の世界線として、新しい扉を開いたような気がしました。

 

まだまだ、並行輸入が物珍しかった頃です。

買い付けの度に入荷して来る、正規の輸入品とは違った、瞬発力のある面白い商品に毎回、ワクワクさせられました。

 

【 原宿店への思い 】

この頃は、買い付けて来る商品のほとんどが話題に欠かないものです。

今と違って、日本未発売で、日本では入手困難な商品が当たり前にありました。

しかもインターネットも無い時代です。

買い付けた人のエピソードがそのまま乗っかって、商品価値を生んでいました。

そして原宿店は、渋谷と違い、少しヨーロッパテイストやデザイナー色が強めの構成になるようでした。

少しずつ仕込みはしているようですが、全貌が明らかになるのは、お店の内装工事が終わった頃になるでしょう。

わたしが立つ原宿のお店も、渋谷のように人が集まるような場所になるといいな…

心は膨らみます。

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