1994|川崎・四ツ谷「ふたつのペペロンチーノ」
【 はじめてのペペロンチーノ 】

当時のわたしは、つくばの実家から通っていたこともあって、夜に予定が入ると、誰かしらの家に泊めてもらうしかありませんでした。

その中でも、特に頻繁に泊めてもらっていたのが、前職場でフランスのブランドに出向していた友人の実家です。たぶん、わたしの人生で最も数多く泊まった「他人の家」だと思います。

その頃の彼は、先輩のスタイリストのアシスタントになっていて、心身ともに忙しい毎日を送っていました。

わたしもまた、新しい環境に飛び込んだばかりで、どこか似た境遇だったと思います。

仕事終わりに合流して、時には友人たちとクラブへ遊びに行き、時には居酒屋で将来の夢を語り合う。

そんな日々が、当たり前のように続いていました。

彼の実家に泊まったある日のことです。

翌日はふたりとも休みで、昼近くまで彼の部屋で眠っていました。

昼頃になって、もぞもぞと起き出した彼は、

「今から飯作るから、食おうぜ」

そう言って、キッチンへ向かいました。

しばらくして出てきたのは、具の入っていないパスタでした。

きつね色になったニンニクと、散りばめられた鷹の爪だけ。

それがペペロンチーノだということを、わたしはその時はじめて知りました。

パスタのことを、何でもスパゲッティと呼んでいた時代から、まだ数年しか経っていません。

わたしがカルボナーラを知ったのも、せいぜい1、2年前のことです。

そんなわたしが、彼の作ったそれを口にした瞬間、驚きました。

シンプルなのに、なんて美味しいんだ。

香ばしいニンニク。

程よい塩味。

そして、ふんわりと漂う甘み。

そのすべてに、心を奪われてしまったのです。

今でも時々、あの味を思い出して自分で作ることがあります。

けれど、なぜかあの時のようには、うまくいきません。

その友人は現在、ミニマルなアパレルブランドを立ち上げ、長く成功を続けています。

こういうところにも、彼のセンスは滲み出ていたのだと思います。

 

【 フランスの大学教授 】

同じように、帰れない時に頻繁に泊めてもらった家が、もうひとつありました。

それが、当時四ツ谷に住んでいた、フランスの大学教授の家です。

教授はわたしよりひと回りも年上でしたが、なぜだか下っ端のわたしにも優しく接してくれました。

会うたびに声を掛けてくれて、何かと気にかけてくれる人でした。

教授は社長をはじめ、職場のスタッフや周囲の先輩たちとも仲が良く、そのきっかけは、モデルの先輩がパリコレでパリに滞在していた頃に、紹介を受けたことだったそうです。

ある日、社長とスタイリストの先輩がパリへ買い付けに行った時のこと。

モデルの先輩の紹介で、教授とパリの空港で待ち合わせをしました。

すると教授は、とんでもない数の巨大なトランクケースを持って現れたそうです。

人気セレクトショップの社長と有名スタイリストが、ポーターよろしく、それらを空港内で運ばされることになったそうです。

「なんで買い付けに来てまで、荷物運びさせられてるんだ?」

出会ったばかりのはずなのに、そんな話がすぐに語り草になっていました。

 

【 もうひとつのペペロンチーノ 】

教授が日本に戻って来ている時は、よく四ツ谷の家で食事会が開かれました。

仕事終わりに、職場の先輩たちやモデルの先輩、友人、師匠まで集まり、教授が料理を振る舞ってくれるのです。

四ツ谷の家は、古くからある分譲マンションで、メゾネットになったモダンな部屋でした。

教授は、自分には貴族の称号があると言っている人で、美意識にはいつも細かく気を遣っていました。

料理を作る間、CDデッキからはオペラが流れています。

食事の合間には、教授がダビドフの太い葉巻を燻らせながら、優雅に佇んでいる。

その横でわたしたちは、ワインを何本も空けながら、勝手に盛り上がっていました。

教授は、そんな下々の会話を、どこか満足そうに眺めているのでした。

品の良い料理が次々と運ばれ、最後にメインとして出てきたのが、イタリア仕込みのペペロンチーノでした。

同じ材料のはずなのに、それは友人の作るそれとは、明らかに別の食べ物でした。

一番の違いは、パスタの茹で加減です。

アルデンテという言葉では足りないほど、固く茹でられていました。

噛むと、口の中でプチッと弾ける。

先輩たちも笑ってしまうほどの固さでしたが、教授はそれこそ大切なのだと言わんばかりに、

「美味しいうちに、早く食べたまえ」

そう言いました。

確かに、この固さは不思議とクセになります。

味も衝撃的でした。

オリーブオイルの新鮮な風味に、ニンニクの香りが品よく立ち、唐辛子のメリハリある辛さがたまりません。

オイリーなパスタが、これほど美味しいものだとは、はじめて知りました。

その後も教授のペペロンチーノをいただく機会がありましたが、毎回同じ感想が込み上げてきたので、あの味は本物だったのだと思います。

 

【 四ツ谷の真夜中散歩 】

教授宅での集まりも、真夜中が近づくと、ちらほら帰りはじめます。

最終的に残ったのは、教授と渋谷の先輩、そして泊めてもらうわたしの三人でした。

すると教授が、ふいに言いました。

「今から、散歩に行こう」

三人はテクテクと、四ツ谷駅近くから四ツ谷三丁目あたりまで、地元の人しか通らないような民家の路地を歩きました。

途中、古民家に囲まれた空間があって、その真ん中には小さな池がありました。

先には階段があり、それを上ると、閉店後の真っ暗な万世が現れます。

昭和の匂いが残るノスタルジーと都会の静寂が合わさった、不思議な場所でした。

さらに進むと、花街の名残を感じさせる荒木町の長屋が立ち並び、脇の小道を抜けると、一軒のバーに薄っすらと電球が灯っていました。

都会の真ん中に、こんなレトロな街並みが残っている。

そう思うだけで、一日の疲れがすっかり消えてしまうような、素敵な時間でした。

小一時間ほどで家に戻ると、先輩はそのまま帰っていきました。

しばらくすると、外が少しずつ明るくなってきました。

低音量のオペラが流れる中、メゾネットの二階へ上がると、教授が言いました。

「窓の外を、見てみたまえ」

そこには、先ほど散歩した古い街並みが、朝の顔をして眼下に広がっていました。

 

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