1994|原宿「同級生が教えてくれたもの」
【 同級生 】

彼とは高校時代の同級生でしたが、クラスも違い、当時はそこまで親しい間柄ではありませんでした。

しかし、わたしがアパレル業界に入った頃、彼も大学に通いながらイギリスのバッグブランドで働いており、業界が近いこともあって、自然と会う機会が増えていきました。

西麻布ローカルの彼は渋谷や原宿にも近く、時間が空いたときに、よく店へ顔を出してくれていました。

そんなある日、彼が「たぶん好きだと思うよ」と言って、大学で受けた講義の話を聞かせてくれました。

それは、近代アメリカ文学の話でした。

 

【 様々なジェネレーション 】

彼の話では、アメリカ文学には、数十年ごとに、それまでの価値観をひっくり返すような世代が現れるのだそうです。

そのひとつが、ロストジェネレーションでした。

裕福で恵まれた若者たちが、社会のレールから少しずつ外れていく時代の文学です。

ヘミングウェイやフィッツジェラルドといった名前は、わたしも新潮文庫で読んで知っていました。

けれど当時は、ただの海外文学という認識で、その背景にある時代の空気までは考えたことがありませんでした。

そして、そのさらに二、三十年後に現れたのが、ビートジェネレーションだそうです。

彼に「知ってる?」と聞かれたものの、「ビートルズの何か?」って感じで、その頃のわたしは、名前すら知りませんでした。

ただ、ジャック・ケルアックの名前が出ると、「路上(オン・ザ・ロード)」は読んだことがありました。

わたしが高校生の頃、雑誌『メンズクラブ』の小さな記事で、その本が“ヒッピーたちの愛読書”として紹介されていました。

その記事を読んだ瞬間、「これは読まねば」と思いました。

というのも、わたしは昔から、ヒッピーカルチャーに惹かれていたからです。

小学生の頃には、ノートの隅にピースマークや長髪のヒッピーの落書きを描いていたほどでした。

80年代当時、ヒッピー文化はすでに少し昔の奇妙なカルチャーという扱いでしたから、わたし自身、面白く感じていたのかもしれません。それでも、あの自由でピースな空気に、どこか強く惹かれていたのでしょう。

とはいえ、実際に読んだ「路上」は、正直よく分からない退屈な小説でした。

誰かに会い、車で移動し、またどこかへ向かう。

ただそれだけの話が、淡々と続いていく……

当時のわたしには、小説の良さがまったく理解できませんでした。

しかし、友人の話によれば、このビートジェネレーションこそ、当時のアメリカ社会が表では語らなかった側面を露呈させたムーブメントなのだそうです。

そこから後のヒッピーカルチャーをはじめ、様々なカウンターカルチャーが生まれていったと言います。

高校生だったわたしは、そんな背景も知らずに、その表面だけをなぞって読んでいたのでした。

 

【 ビートジェネレーション 】

彼の話を聞きながら、わたしの中で、ひとつの方向が見えた気がしました。

それは、読書でした。

もちろん、本を読むこと自体は昔から好きでしたが、この機を境に、わたしはビート文学ばかりを読むようになっていきました。

ちょうど同じ頃、ミュージシャンの 佐野元春 が、『THIS』という雑誌の第2期を始めていました。

彼自身、ビートジェネレーションに深く傾倒しており、その雑誌には、ビート文学と、その背景となるカルチャーが、分かりやすく紹介されていました。

わたしは、その雑誌を入口にして、本屋へ通い、並んでいるビート文学を一冊ずつ読み漁っていきました。

 

【 アウトプット下手の苦悩 】

わたしのビート文学の旅は、その後も長く続きました。

読み進めるたびに、点だったものが、少しずつ線になって繋がっていきました。

音楽、ファッション、アート、旅、ヒッピーカルチャー

自分が好きだったものの多くが、実はこのムーブメントとどこかで繋がっていたのです。

しかし同時に、掘れば掘るほど、それを誰かと共有する難しさを感じるようになっていました。

それは、ビートジェネレーションの話をすると、どこから話せばいいのか分からなくなることがありました。

文学だけではなく、音楽や旅や服や、生き方そのものにまで繋がっていたからです。

自分の中では、世界がどんどん繋がっていくのに、その熱量だけが宙に浮いてしまいました。

しかし、こうした多ジャンルが共生しながら、新しい文化が生まれていく現象は、いままさに原宿で起こっていることだったのです。

 

 

【 追記 】

この文章を書いているのが2026年5月です。

5月11日にその同級生のLINEから連絡が入りました。書いていたのが、彼の娘さんで、今朝、その友人が亡くなったとの知らせでした。

突然の知らせに、しばらく状況を理解することができませんでした。

二ヶ月前、友人数名で会う約束をしたとき、彼は「家族旅行に行く」と言って来られませんでした。

そのときは知らなかったのですが、それは闘病の中での、最後の家族旅行だったそうです。

昨年末から書き始めたこのブログも、ようやく彼の話を書くところまで辿り着いた矢先でした。

そして、先日、本屋さんの手伝いで大きな野外イベントに行っていました。

そこでは、佐野元春がライブをしていました。その姿を見ながら、彼の教えてくれたアメリカ文学の話を思い出していました。

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