1993|原宿「営業担当と猫と新入荷」
【 営業担当 】

原宿のお店がゆっくりと流れる中、わたしは営業担当になりました。

ちょうどオリジナル商品の型数が倍々で増えはじめた頃で、全国にある30数件もの取引先に、オーダーされた商品を発送したりする仕事です。

それまでは先輩が担当していましたが、わたしが引き継ぐかたちになりました。

ちょうど事務所が移転したばかりで、消防署の先、代々木体育館の手前にある雑居ビルの5階だか6階(忘れました)にありました。

まずは先輩と一緒に、発送から納品書の打ち方まで教わります。

先輩はクイズ形式で、「どの取引先が何県にあるのか?」を質問しながら、商品を箱に詰めていきます。

しかし、わたしは全然答えられません。

というのも、何県がどこにあるかも、あやふやだったからです。

東北や北陸、中国地方はさっぱりでしたから、半ば呆れられながら発送したのを覚えています。

2回くらい卸作業を教えてもらったのち、先輩は「あとよろしく」と、全引き継ぎは完了しました(体育会系な会社でしたからね)。

そんなある日、ふと月締めの業務を思い出しました。

それは締め日から、数日ほど経過していました。

ひとりで事務所に向かい、教えられた通りにオフコンのボタンを押していきました。

オフコンとはオフィスコンピュータの略で、納品、請求の入力から管理、印刷を一括して行う機械です(まだWindows95以前ですからね)。

すると突然、オフコンがギーガガ、ギーガガと音を立て、何やら印刷をはじめました。

ヤバい、押し間違えた。

その時、何かが印刷されるという考えが無かったので、頭が真っ白になりました。

複写の紙は止まることを知らず、ギーガガ、ギーガガと印刷を続けています。

いっそのこと電源を落としてしまおうか?と思った途端、印刷機は停止しました。

印刷された、よくわからない紙が、印刷機からダラリと垂れ下がっています。

わたしは間違ったボタンを押したからこうなったとばかり思っていましたから、一旦、出て来た紙をゴミ箱に入れて、後で聞けばいいかな?と、楽観視していました。

しかし、これらは請求書で、再印刷はもう出せないことを知りました。

幸いに、ゴミ箱の請求書は綺麗なままだったので、それらを救出して各取引先に送りました。

絶対に説明は受けていた筈です。

しかし、わたしは何ひとつ理解していませんでした。

こんな状態から、わたしの営業担当は始まったのです。

 

【 近所の猫 】

原宿店は相変わらず、ゆっくりした時間が流れていました。

ある日、薄茶色をした猫が、そろりそろりとお店に入って来ました。

とっても大人しい猫で、レジ前に座っているその後ろの台にヒョコっと乗って来て、撫で撫でしていると膝の上に乗って来ます。

この猫はチャマと言って、向かいの美容室が飼っている猫だそうです。

毎日、適当な時間に原宿店にやって来て、店長やわたしの膝に乗って来ることもあれば、台に乗った商品の上で、スヤスヤと眠っていることもありました。

時々、お客さんが困った顔をして、

「この商品をみたいんですけど…」

と、チャマが寝ている下にある商品を指差して言います。

そんな時は、ツンツンと突いて移動してもらいます。

すると、別の寝床を探すこともあれば、そろそろと美容室へ戻って行くのでした。

そんなある日の朝、出勤してドアを開けると、チャマがニャアニャア言いながら店内から現れました。

実は、店内に入れたまま帰ってしまったのです。

ひとりで不安だったのか、やたらと甘えて来ます。

そうしたら、試着室のマットに小さなウンチをしていました。

もしかしたら、申し訳無い気持ちもあったかもしれませんね。

その後、急いでマットを洗って、ことなきをえました。

 

【 レザーのニューバランス 】

社長が単身のアメリカ出張から帰ってきました。

今回はものすごい量のスニーカーを持ち帰って来ました。それはレザーのニューバランスで、茶色の576や、赤、白、緑の996などです。

これらもまた、例の連載か何かで茶色レザーの576を紹介していたのを受けて、買い付けて来たのだと思います。

いまでこそ定番となったレザータイプですが、初めて見た時は、ニューバランスらしからぬポップさに違和感を感じました。

ニューバランスといえば、やっぱりグレーのメッシュのイメージでしたからね。

どうやらこのレザータイプは、少し前にニューバランスからリリースされたものらしいのですが、現地ではまったく売れなかったようです。

不思議なんですが、自由の国アメリカにも関わらず、大衆の色や素材選びは本当にコンサバ(保守的)なんですよね。

そして、アメリカでは売れなかった商品は、すぐに激安価格になってしまいます。

それを現地のストリート界隈の人達が目を付けて、履く人が増えていったようです。

最初のうちは、一部の仲が良いスタイリストや、知り合いのスタッフだけが買っていました。

しかし数ヶ月もすると、普通のお客さんも買うようになって、気が付けば大人気アイテムになっていました。

わたしも茶色の576を買わせてもらいましたが、当時のスニーカーは本当に壊れないですよね。

10年近く履いていたと思います。

あの靴を履いて店に立つと、足元が少しだけアメリカに近づいたような気がしていました。

 

【 ベルト付きの洋服達 】

先日、靴を納品してくれたデザイナーの洋服がいよいよ入荷して来ました。

それは、メルトン素材の3型、ダッフルコートとPコート、ノーカラーのショートジャケットなどです。そのどれもが、トグルやボタンでは無くて、茶色いベルトで留めるタイプです。かたちこそシンプルなのに、強烈なインパクトです。タグの代わりに、靴のテープと同色の赤いリボンが付けられています。

他にもメルトン素材のモトクロスパンツが入って来ました。

これらは、ネイビーとブラックウォッチの2色(グレーもあったかな?)で、こちらも赤いリボンが付いています。

当時の日本ブランドにはめずらしく、パーツも多く、細かいギミックが効いていたので、何かの機械のように少年心がくすぐられました。

しかし、とにかく細くって、どんなにわたしが痩せたとしても穿けるサイズではありませんでした。

これらアイテムのキャッチーさは、雑誌も見逃すことは無く、大きく取り上げてくれましたから、すぐに反響があり、大人気商品となりました。

こうしてひとつひとつ、楽しいトピックが増えて、歯車がゆっくりと回りはじめました。

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