
【 近所のビンテージショップ 】
渋谷時代に近所の店で働いていた友人が、そこを辞めて、原宿のビンテージショップで働くことになりました。
その店は、表参道から二本入った裏路地の半地下にありました。前にいた会社の頃から開店準備をしていたので、オープンまでに数ヶ月を要していた記憶があります。
そこのオーナーは、わたしが前にいた会社がまだカジュアルショップだった頃、高校生ながら出入りしていた生粋のアメカジ少年だったそうです。
その経験や知識たるや、まぁ、足元にも及ばない感じです。
商品構成はスニーカーをはじめ、厳選された状態の良いビンテージばかり。
「本物ってこれなんだ」と実際の商品を見て、ワクワクしてしまうようなお店でした。
わたしはこの店で、ビンテージ古着の見方を覚えたと言ってもいいでしょう。
ここでは、まずアディダスのナイトジョガーというスニーカーを買わせてもらいました。
鹿革でオレンジのラインが入った、どこかカントリーにも似た一足で(たぶん2ndモデルだと思います)、とても気に入っていました。
何故だか、当時のスニーカーはソールの減りも遅くて、長く履けるんですよね。
また、チャンピオンのスウェットも何着か買いました。
どれもヘビーローテーションで、気がつけばボロボロになるまで着続けていました。
そんなオーナーとわたしの友人は、頻繁に単身でアメリカへ買い付けに行っていました。
その頃のわたしは、まだ海外に行ったことがありません。
ふたりの出張の話を聞きながら、まだ見ぬアメリカに夢を膨らませつつ、自立しているふたりをとても大きく感じるのでした。
ある日、そのオーナーが、まだ始まったばかりのJリーグの試合に誘ってくれました。
そして、オーナーと友人、わたしの3人で国立競技場へ向かいました。
サッカーにはあまり詳しくありませんでしたが、大歓声の中、明るく照らされたピッチを眺めながら熱くなった、あの情景が今も心に残っています。
【 靴デザイナーと洋服 】
原宿店がオープンして数日たったある日、社長がお店にやって来ました。
「これから靴デザイナーの人が、レディースの靴を届けてくれる」と言います。
しばらくすると、姿勢の良い男性と、2人の女性が靴の箱を抱えて現れました。
そのうちのひとりは、当時どこかのメディアで見たことのある人だったような気がします。
デザイナーの男性は、ハキハキとした声で社長と話をしており、とても腰が低いのに堂々としていて、紳士的な方でした。
近所の発信地的ショップに置いてあるブランドの靴を制作しているそうです。
その靴は、側面に大きく穴の空いた女性用のジョッパーブーツでした。
ウールのタータンチェック地が2色と、黒いカーフレザーの3パターン。ヒールには赤いプルタブが付いて、アクセントになっています。
彼は、いまレディースで取り扱っている日本人デザイナーの友人でもあるそうで、雰囲気も合うとのことでした。さらに社長がこの靴をとても気に入り、入荷することが決まりました。
また、その靴デザイナーの人は、今季から洋服ブランドも立ち上げるそうで、出来上がったら入荷することになりました。
その後、この洋服ブランドが原宿店の大人気ブランドになること。
さらに数年後、わたしがこの靴デザイナーの人に拾ってもらい、そこで働かせてもらうことになるとは、この時点で知る由もありません。
【 スタイリストのブランド 】
社長や先輩達と仲の良かったスタイリストは沢山いました。
当時、他のセレクトショップでは洋服のリースが厳しかったのに対し、渋谷店では融通が効きました。
扱っているジャンルもとても多彩だったので、いつしかリースの駆け込み寺のようになっていました。
それに加えて、仲間の店みたいに居心地が良かったので、リースの合間に立ち寄ってくれることも多かったです。
そんなこともあって、ふたりのスタイリストが作るブランドの計画がありました。
ひとりは先輩達の昔からの友人で、もうひとりは、さらに先輩のベテランスタイリストです。
わたしが知る限り、現役スタイリストが作るブランドというのは、当時ほとんど無かったと思います。
そんな、沢山の洋服に触れてきたふたりが、それぞれ「日本人の顔に合った洋服を作る」というコンセプトで動き出したようです。
計画はすでに進んでいて、ヨーロッパ出張の時に生地選びも終えていたと聞いています。
そんなある日、イタリアから例の生地が渋谷の倉庫に納品されました。
それは巨大な木箱に入っていて、一人用のワークスペースが作れるほどの大きさでした。
階段下の通路を占拠するほどだったので、大至急で各工場へ送る分をカットし、さらに木箱を解体せねばなりません。
先輩とわたしのふたりで、絶妙な色出しのモヘア生地を引っ張り出してはカットし、包装し、作業を終えると頑丈な木箱をせっせと解体しました。
もうひとつの生地はすでに投入済みとのこと。
入荷が楽しみです。
【 静かな日々 】
開店したばかりの原宿店は、お客さんも少なく、とても静かでした。
近所にはポツポツと小規模の店があるものの、さらにもう一本裏路地にあったこの店を、たまたま見つけるのは至難の業でしょう。
その頃のわたしは、ビンテージショップの元同僚である友人から、インラインスケートを譲ってもらったばかりで、その練習をしている最中でした。
そのため、お客さんが全く来ない時間は、それを履いて店内をクルクルと移動したり、また店の前にある路地の曲がり角手前まで滑って行っては戻る、ということを繰り返していました。
ある時は、スタイリストの人や、近所で働く先輩などが店を訪れ、女性店長とわたしとで井戸端会議をしながら、1、2時間を過ごしていました。
静かな毎日が続いていました。
けれどその裏側では、靴デザイナーが作るブランドの入荷が近づき、スタイリストブランドの生産が進み、社長は新たな商品を買い付けに行ったりと、少しずつ周囲が動き始めていました。
店内はスケートの滑る音と、時々聞こえる笑い声が響いていました。
それでも確かに、次の波が来る気配だけはしていたのです。
