
【 デパート出店 】
ある日、わたしの働くセレクトショップに、柏のデパート出店の話が持ち上がりました。
柏駅は北関東のベッドタウンの中央にあるターミナル駅です。ここ辺りに住む人の大半は都内に通っているので、いつでもセレクトショップで買い物が出来ますが、身近な場所に出店することは、ショップとの距離感がどう変わるのか、その実験場のようにも感じました。
今では主要駅にセレクトショップが入るのは当たり前ですが、当時は違いました。
路面店であること自体がブランドの矜持で、そこへ“わざわざ足を運ぶ”ことに価値があった時代です。
ネットショッピングもなく、情報は雑誌と口コミくらいです。その店でしか買えないブランドやアイテムが数多くあって、店こそ文化の発信地でした。
しかも今回は、別の大手セレクトショップ2社も同時に出店するそうです。
3社がひとつの商業施設に出店は極めて稀なことで、業界でも小さな話題となりました。
今振り返れば、あの出来事が、商業施設出店が加速していく転換点だったように思います。
【 柏で働く 】
わたしにとってそれは、部活の強豪チームが連合を組むような高揚感のある出来事です。
他の2社はいまの職場同様に好きな商品構成で、渋谷では休憩時間にちょいちょいチェックしに行くほどでした。
その店と隣り合った環境は非常に魅力的で、しかも柏駅は、実家のつくばへ帰る途中下車駅です。立地としても願ってもない場所です。
けれど問題がありました。わたしのセレクトショップはレディースのみ。メンズの展開がありません。
渋谷で一緒だった店長さんはとても優しくて大好きなひとだったのと、もうひとり渋谷にいた先輩社員さんもいたので、無理を承知でお願いしました。そして、本社の了承を得て、週に数回、柏のレディース店舗に立つことになりました。
【 レディースという異文化 】
女性ばかりのお店で(セレクトショップで)接客する場合、異性を意識させては次に繋がりません。わたしは年齢的にも、スキル的にも未熟だったため、接客といえばサイズ対応くらいです。
そのため、わたしの主な仕事は、服を畳むことでした。
しかし、レディースの服はとても小さくって、綺麗に重ねてもすぐ崩れます。
わたしが胸の前でモジモジ、コチョコチョと格闘している横で、先輩たちは軽やかに、美しく畳み上げる、まさに職人技です。
けれど、お客さんは遠慮がありません。
広げてはポイ、広げてはポイ、片手でひょいと引き抜いて、またポイ…です。
最初は驚きましたが、メンズは“理屈”で買うので、欲しい服だけを丁寧に取り出して吟味します。
しかし、レディースは広げてはじめて“直感”を働かせ買う。作る側も理解しているようで、広げてはじめて気がつくギミックが多いのです。
定番をコツコツ買ってきたわたしには、「こんな変化球、いらないのになぁ…」と感じますが、その“変化球”こそが、ショッピング本来の楽しみであって、レディースの売れ方でした。
この感覚は、凝り固まっていた自分の洋服観を大きく変えることになり、いまでも直感を大事にショッピングを楽しんでいます。
【 垣根のない柏 】
他の2社はメンズも展開しており、男性スタッフも多く在籍していました。
うちだけがレディース店舗だったため、他店の男性社員や上層部の方々が頻繁に顔を出し、気にかけてくれました。そのため関係も良好で、ちょっとした一体感も生まれています。また、ほかの2社は、過去に小さな遺恨があったと噂されていましたが、ここでは全く違いました。
それは、別のセレクトショップに渋谷の同僚(モデルのアルバイト)の先輩がいて、3社の“イベント隊長”として動いてくれていました。彼は皆の兄貴的な立ち位置で、豪快で、求心力もあります。
柏駅の裏通りには、若いアパレルスタッフが集まる店がいくつもありました。
仕事が終わると、彼の号令の下、柏駅周辺の飲み屋やカラオケに集まりました。
ここでは競合ではなく、デパートに入っているブランドやアパレルメーカーに立ち向かう仲間達です。
あの時は、何よりも、同じ業界に仲間が増えていく感覚が楽しかったのかもしれません。
【 同世代の仲間たち 】
となりのセレクトショップに、ひとつ年上のアルバイトがいました。彼はゴリゴリの関西人で、わたしが仲良くなったはじめての関西人の友人です。
彼は3社のマスコットボーイのように可愛がられて、“イベント隊長”とは別の会社でしたが、師弟関係のようになっていました。
わたしは彼と会話するのが好きで、軽快なノリツッコミが心地よく、会話をするのを楽しみにしていました。
後に、わたしが知り合う関西の親友や先輩達とも繋がっていることを知りますが、これも何かの縁だったかもしれません。
また、彼の同僚でわたしと同じ歳の社員も友達になりました。
彼は社員番号が二桁の古株でした。
もし今も在籍していたら、かなり上の立場になっていたはずです。しかし、彼は実家を継ぐか何かで地元九州に帰ってしまいました。
もうひとり、となりのセレクトショップに入って来た新人アルバイトがいました。ハキハキした爽やかな青年です。3社の集まりを通じて、後輩として、また友人としても、仲良くなりました。
彼はその後、社員となって、そのセレクトショップを牽引する活躍をみせます。今は別の会社に移り、そこでもアパレル業界を支える存在になっています。
各店舗が軌道に乗り始めると、ひとりが都内に戻り、またひとりが戻り、メンバーも少しずつ入れ替わっていきます。
わたしも柏で働く回数が減っていき、再び渋谷勤務中心の生活に戻っていきました。
渋谷や原宿では、店は発信の中心地として牙城が築かれています。
けれど柏では、店を越えて人がつながっていました。
同業なのに、どこか親戚のような距離感…あの時の空気は、今の商業施設では、もうなかなか生まれないのかもしれません。

