1991|渋谷「ショップスタッフ、新人が感じる現実と魅力」
【 アルバイト初日 】

紆余曲折ありましたが、ついに念願だったアパレル業界の初日を迎えました。

指定された時間より少し早く店に着き、わたしはひとり、入口の前で開店を待っていました。すると、中から店長が出てきて、開店前の店内に入れてくれます。

わたしは混んでいるお店しか知らなかったので、静まり返った店内は、神聖ささえ感じました。

しばらくすると、アルバイトや社員が出社してきました。

初秋の、まだまだ暑さの残る頃です。それでも、みなジャケットスタイルでビシッと決まっています。

綺麗めな格好で初日を迎えたわたしでしたが、持っているアイテムから着こなしまで、プロとの違いは歴然でした。

わたしは、出社してきた先輩たちに挨拶をするのですが、ほとんどのスタッフは新人のわたしにまったく興味がないといった感じです。

まるで、わたしなど存在しないかのように、完全にスルーしていきます。

その後、ある社員から若い社員に、

「新人に外の掃除を教えてやれ」

と言われ、その若手社員がわたしに掃除の指示をしました。

それは、店の前だけではありません。先のガード下、そして宮下公園を越えて、明治通りまで。100メートル以上ある距離を掃き掃除するというものでした。

わたしは指示通り、30分以上かけて丁寧に掃除を終え、店に戻ってきました。

すると――

「遅えよ!」

指示した張本人から、いきなり文句を言われました。

 

【 新人への洗礼 】

いよいよお店がオープンして、少しすると、ある社員から低い声で言われました。

「おまえダサいから、シャツを買って着替えろ」

アルバイト初日ですから、わたしなりにある程度気を使った格好で出社したと思います。

どんな格好だったかは、もう忘れてしまいましたけど。

まぁ、素人としてはそこそこな格好でも、ほかの店員と比べてみれば、出ているオーラがまったく違います。

それにしても、昭和が終わったばかりとはいえ、「ダサい」という直接的な表現には驚きました。

とはいえ、反論する余地もありません。

わたしはオリジナルのシャンブレーシャツを買い、その場ですぐに着替えました。

初日のわたしの配置は、入り口近くでした。

次から次へと、お客さんが広げたカットソーをたたむのが仕事です。

「いらっしゃいませ」

と声をかけながら、ひたすら、ひたすら「おたたみ」です。

開店とともに始まったたたみ作業と「いらっしゃいませ」の声かけに翻弄され、ようやく客足が落ち着いてホッとしていると、ひとりの中堅社員がわたしに近づいてきました。

すると、

「ボケっとしてんじゃねぇ!」

と、いきなり怒鳴られました。

全く予想していなかった怒号に、ポカ〜ンとしてしまいます。

伏魔殿さながらの環境に愕然としつつも、部活で怒鳴られることには、学生時代から免疫がありましたから、さほど気にもなりませんでした。

ただ――

こんなところで、働き続けられるだろうか?

なんとも言えない孤独感が押し寄せてきます。

そんなとき、休憩に入ると、ひとりの同世代の先輩アルバイトが声を掛けてくれました。

 

【 先輩アルバイト 】

声を掛けてくれた先輩アルバイトは、わたしと同じ年で、この店で1年以上も働いているそうです。

彼は、真っ黒な太いウールパンツにチェックシャツを合わせていました。

それまでのわたしの感覚にはなかった着こなしです。

それがもう、キラキラとカッコよく見えて、これがプロの着こなしなのだと実感しました。

彼は川崎ローカルで、10代の頃は渋谷センター街界隈を遊び場にしていたそうです。そのため、アメカジにも精通していました。

それでも、このショップ流の着こなしがすっかり板についていて、アメカジ感はまったく感じません。

プロのオーラを身にまとっている。

同年代でも上には上がいる。

世間はつくづく広いと感じました。

その先輩アルバイトは、休憩中や仕事が終わったあとに、会社のあれこれを教えてくれました。

例えば、社員とアルバイトには雲泥の格差があること。

一部のアルバイトを除けば、アルバイトに対しては、ひどい扱いであること。

その中でも、優しい社員は誰か。恐い社員は誰か。相手にしなくていい社員は誰か。

彼の見立てを、いろいろと教えてくれました。

朝、わたしに掃除を指示した若手社員については、

「明治通りまで掃除しろっていうのは、彼がアルバイトで入って来た時に、俺が同じことをしてやったんだよ」と、笑って話していました。

負のループは、こうして続くのですね。

ただ、彼自身の社内での立場も、なかなか厳しいもので、しょっちゅう社員に怒鳴られていました。

しかし、愛嬌があるので、一部の社員からはいじられつつも可愛がられていました。一方で、敵対している社員には、その都度、噛み付いていたようです。

 

【 当時のショップの定石 】

そんな先輩アルバイトは、この店に必須の洋服やグッズを、彼なりの視点でいろいろと教えてくれました。

シャツならこのブランド。ウールパンツならこれ。

その中でも、ベルトはJ.M.デイビッドソンのメッシュベルト。

バッグはトラファルガーのグルカバッグ。

靴はJMウェストンのゴルフか、オールデンのコードバンのローファー。

ニットはジョンスメドレー。

ほかにも、たくさんのこのショップならではのマナーを教えてもらいました。

早速、わたしがオールデンのローファーを購入したときのことです。

彼の家に行き、磨き方のレクチャーを受けました。

みるみるガラスのようにピカピカに変化していくコードバンを見て、心から嬉しく思いました。

こうして、アパレルの面白さを少しずつ感じるようになったのです。

そんな中、どの取り扱いブランドをも凌駕する――

社員にとって、神聖とも言えるブランドが社内に存在していました。

それは、わたしの価値観を新たに植え付けることになるブランドです。

当時のわたしは、その名すら知りませんでした。

それでも気づけば、少しずつ、その魅力に引き込まれていくのでした。

 

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