
学舎で触れた経験や価値観は学業より、こっち(ファッション)かも知れません。わたしがアパレル業界に入るきっかけは、高校生活の3年間が大きく影響しています。
【 高校入学とシティボーイズ&ガールズ 】
わたしの通っていた地元中学の学力は平均の少し下くらいで、テスト問題を事前に教えてくれるといった優しい学校でした。その結果、ちょこっと予習してテストに臨むと、そこそこの内申(通信簿)が取れてしまいます。
中3の春、この内申なら、都立の進学校が狙えると知りました。そのため夏頃から勉強を頑張ります。その甲斐あって、わたしは千代田区にある都立高校に無事入学することが出来ました。
この高校は(標準服はあるものの)私服の学校です。そこに、地元で漂っていたヤンキーエッセンスは感じられません。
おそらく、中学の頃は、わたしと違う世界線を歩んでいたに違いありません。
千代田区という立地から、多くの学生が千代田区や港区の区立中学から来ているからでしょう。リアルシティボーイズ&ガールズが集まっています。
【 アイデンティティの集合 】
入学当初は標準服の生徒も多かったですが、5月に入ると徐々に私服で登校する新入生が増えてきます。
そのジャンルは様々で、例を挙げると、デザイナーズブランド寄りのシックなスタイルだったり、キャラクターブランドを着ているひと、また、黒いMA-1(流行ってました)にケミカルウォッシュジーンズのバイカー風や、ほかにもオタク寄り、なぜだかサラリーマン風のひと、また、蛍光色のアクセントを入れたスポーツファッション系などです。
(行き過ぎた格好は別として)互いに干渉することもありません。アイデンティティの集合体といった感じです。
それは千代田区の中学に越境組が多いのも理由のひとつでしょう。たくさんのエリアから人が集まっている分、ひとつのスタイルに寄ることがありませんからね。
この高校には、周囲を気にせず、私服を楽しむのに "もってこい" の環境がありました。
【 同級生から学ぶ 】
新しいクラスで仲良くなった友人達は、ファッションに関して色々と詳しかったです。兄貴がいたり、エリア的な環境も影響していたのでしょう。彼らはDCブランドと海外ブランドを上手にミックスさせながら着こなしていました。時代を感じます。
まぁ、渋谷や青山エリアか、アメ横や上野エリアで買い物をしている人達ですからね。わたしの中学時代みたいに、こよなく愛する大井町や京浜蒲田ではありませんよ。
わたしは、そんな彼らから、知らなかった洋服のあれこれを学びました。
例えば靴ひとつ取っても、ビブラムソールがいいとか、ドクターマーチンソールがいいとか、教えてもらいました。わたしは早々にビブラムのローファーだったり、ドクターマーチンソールのギリーシューズを御徒町駅の裏路地にある、穴場の舶来物を扱う靴屋(彼らに教えてもらいました)で買いました。
そんな初めて履いたドクターマーチンソールのフワフワ感は今でも忘れません。
当時はホーキンスがれっきとした英国ブランドだった頃で、雑誌などではドクターマーチンは "おでこ履" と呼ばれたスチールトゥの安全靴タイプに人気があった頃です。
ネットで何でも調べられる現在と違って、鮮度がよい上質な情報は基本口コミだけで静かにやり取りされていました。その情報には知る人ぞ知る特別感と、内輪だけで交わされる価値観、そこには血の通ったノリが息づいています。
【 大人な先輩たち 】
高校生活も数ヶ月が経過すると、高学年と交流する行事も増えて来ます。
そこで、度胆を抜いたのは3年生の容姿とファッションです。イケてる数人の先輩は(ヤンキーのそれと違って)大学生か社会人にしか見えません。ポロシャツにニットを肩から掛けて、スッとしたストレートジーンズにローファーとか、爽やかなスニーカーを合わせています。テレビマンのコントみたいですが、シンプルで真面目そうなアイテム(洋服)が、これほどカッコ良く、そして大人っぽく見えるとは驚きです。
また、今でこそ普通ですが、不精髭を生やした3年生もいて、どこぞのオジさんか居るのかと思いました。
白いオックスフォードのシャツに程よく色落ちしたリーバイス501、足元は黒いポッテリしている靴を履いていますが、何なのか不明です。しばらくして、それがレッドウィングのエンジニアブーツであることを知りますが、当時のわたしの初見では、「黒くて丸くて靴紐も見えない、これ何の靴?」って理解不能でした。いまでこそ普通にあるアメカジアイテムも、一般に認知されるのは数年先です。
こうして、コンサバティブというか、IVYとアメカジのミックススタイルが、わたしの中で育っていくのでした。
【 スクールスタイル 】
世間ではDCブームが最高に盛り上がっていた頃ですが、わたしは欧米ブランドやIVY風なスタイルに夢中でした。先輩の影響は大きかったし、中学生時代に読んでいたメンズクラブがここにきて活きた気がします。
ステンカラーコートやPコート、ウールのジャケットなどに、ボタンダウンのシャツ、クルーネックのニットを合わせます。ほかに、チャンピオンのスウェットを着るようになったのもこの頃です。
ワンポイントのポロシャツも流行りましたね。海外ブランドのポロシャツを各自の好みで、さらに襟を立てて着るのが流行りでした。
デニムはリーバイスの501一択で、他にはベージュのチノパンも定番です。
足元はローファーかドクターマーチンソールの革靴、コンバースのオールスターやK-Swissといったローテクスニーカーが好まれ、ブランドは何にせよ、全体的に学舎(まなびや)に適した爽やかなスクールファッションが主流だったんですね。
こうして、高校1年の日々は過ぎて行きますが、2年になるとアメリカンカジュアルに本格的に目覚めます。そして、渋谷や青山、御徒町など、洋服屋めぐりに(さらに)精を出していくのでした。

