
【 出戻りのアルバイト 】
いよいよ、元モデルのアルバイトが復帰を果たし、彼がお店にやってきました。
ダメージの効いた明るいインディゴブルーの501デニムに、キレイ目のシャツを合わせて、JMウェストンのタン色のローファーを履いたシンプルな装いです。
堀の深い端正な顔立ちに、高身長のモデルらしいスタイル、立ち姿さえも、ときどき見せる中性的な雰囲気が、自然に洋服を引き立てています。また、手ぶらで出社して来たので、仕事が目的と言うより、どこぞのセレブがフラッと買い物に来たようです。
数名のベテランの社員は彼を見るなり、近寄って行って談笑しています。年長の社員さん達と堂々と接する姿は、大人びていると言うより、親戚のオジさんと会話している人懐っこさで、お互い楽しそうです。しかし、こうした軽いノリを、快く思わない社員も一定数いるようでした。
いずれにせよ、いちアルバイトの彼が再加入したことで、メンズの店内が動き出しました。彼に対して好き嫌いなど関係なく、ファッションに向き合う姿勢が変わりました。それは、彼のファッション好きな気持ちと、感覚を体現できる資質、それに刺激を受けたからでしょう。
また、彼が戻って来たことで、若手アルバイトはわたしと彼、ひとつ歳下の友人(先輩アルバイト)の3人になりました。若手アルバイトの3人はすぐに仲良くなりました。
【 ヤンチャ坊主 】
わたしが定番の服ばかり目が行っていた一方で、彼は値段もブランドも気にせず、直感で洋服を着ていました。しかし、スタイリングにはとても気を使っていて、お洒落のシャレの部分が自然に身についています。ときどき、誰も手を出さないような安いアイテムを取り入れて、真面目にスタイリングを組んで来るので、そんな時は、こちらの反応が試されているようで、ピリリとした気持ちになります。
彼は10代半ばくらいから、渋谷や原宿界隈の洋服屋に出入りしており、沢山の先輩に可愛がられていました。そこでセンスも磨かれていったのでしょう。
誰にでも人懐っこく接する一方で、イケてない部分を見るや否や、「ダサい」だなんだ(今ではNGな言葉で)と容赦なく批判するものですから、ファッションと真面目に向き合っている人をムカつかせていました。さらに、言っている本人が自分の言葉にウケてしまい、ヘラヘラ笑ってしまうので、言われた方は本当に不快です。しかし、そんな発言をしても悪びれるでもなく、ちょっと間が空けば、フレンドリーに近寄ってきますから、彼とどう接すれば良いのか?困ってしまうでしょう。
気がつくと、わたしは社内で彼のお世話係のようになっていました。きちんとした理由は分かりませんが、わたし的には、彼は別の文化圏から来た人のように思っていたので、彼の行動や考えを知るたびに、驚きでワクワクしました。その期待しない姿勢もあって、わたしの言うことは、他のひとより聞いてくれたのでしょう。
それでも、彼のヤンチャぶりは目に余ることが多かったです。遅刻の常習犯はもちろんのこと、実務そっちのけで、店内をあちこちウロついては試着をして、その服の持つ良さを確かめたりしています。
ただ、自分の見せ方は知っているので、マネキンとしての役割は完璧です。接客にもそのスキルを活かしていました。
また、復帰して間もないのに、社販で欲しい洋服をキープしまくっており、あっという間に彼用の段ボールが出来て、気がつくとパンパンです。結局「こんな量、いつまでに買い切るつもりだ!」って社員から怒られていましたが、厳しい社員達が呆れている姿は、側から見て滑稽です。そして、彼自身も、その顛末を面白がっていました。
【 誕生日会 】
ある日、彼に誘われて、近所のセレクトショップのスタッフが毎月開催しているという誕生日会に行くことになりました。
そこには渋谷や原宿のセレクトショップ界隈の中堅顔役的な先輩達が集まっていて、無口そうな人も、普段見せない明るく和やかな表情で、ホームパーティのようです。モデルさんも沢山来ていて、ショップ店員が人気職業だった頃の華やかな一面をはじめて垣間見た瞬間でした。
彼は持ち前の人懐っこさで、知ってる先輩達のところへ近寄っていくと「おい、ジジイ」とか言って、絡んでいくものですから、こちらとしてはヒヤヒヤしましたが、近所のガキをあやすように「うるせぇな」なんて言われて、可愛がられているのがわかります。
彼がわたしを紹介して回ってくれたことで、皆が、わたしを温かく迎え入れてくれました。この華やかな場の一員になれた気がしたそんな夜です。
【 カッコよさ、自分らしさ 】
彼のカッコ良さを求める姿勢は、社内でも伝播していって、ファッションリテラシーが引き上がっていきました。
流行を追うのとも違う、お洒落という感覚は、定義しにくいものでしたが、元雑誌モデルの彼が、実際に試着してみると、「カッコよさ」が何たるかが、容易に理解できました。
言語化するのは難しいんですけどね。
彼が着ると心を動かしたり、洋服に意味が出る、また、高価な服でも合わせ方ひとつで退屈になる──
彼はわたしをファッションで驚かせ、彼とのセンスの違いを実感させられるのでした。
いままでのわたしは、セレクトショップの店員らしく、先輩達に近づこうと考えながら洋服を買い続けて来ました。それが、ある程度、洋服屋らしい服は持つようになって、周囲への負い目も感じなくなっていました。
それが、「自分らしい洋服を着よう」そんな気になってきました。これも彼がアルバイトとして入って来たことで、わたしも刺激されたのだと思います。
基本コンサバティブなお店ですが、自分の視野を広げてみると、なかなか挑戦的な試みもしているセレクトでした。
彼が戻ってきたことで、店は少し自由になりました。いや、自由になったのは、わたしの方かもしれませんね。
それまで“店員らしい服”を選んでいたわたしが、ようやく“自分の服”を考え始めたのだから。

