
【 当時の価値観 】
坊主頭をきっかけに、社員さんから「坊主には、この服がいいんじゃない?」とか「これ、似合うと思うよ」などと、声を掛けてもらえるようになりました。
こうしたやり取りは職場とはいえ、洋服好きの集まりですから、共通の趣味の話題として楽しいものです。わたしは、はじめてその輪に入れてもらった気がして、嬉しくなりました。
ショップ内という閉鎖的な価値観の中の「かっこよさ(美学)」について、あれこれと確認していたのだと思います。
【 店内スタイリング 】
そんなある日、入り口付近のウィンドウ前にあるトルソー(マネキン)のスタイリングを任されました。はじめて認めてもらった、そんな証のように感じて、これまた嬉しい出来事です。
ここは腕の見せ所だと、スタイリングに力が入ります。
しかし・・・結果は「全然ダメ」と、一蹴で、総取り替えです。
わたしは、入り口付近にあるショップオリジナルの人気商品を引き立つように組みました。
一方、社員のスタイリングは、海外ブランドをアウターで合わせるも、オリジナル商品が主役になっています。
わたしのスタイリングがボツになったのは、売り商品に着目させるだけの思考の浅さからでしょう。
ただ、なぜか清々しい気持ちで受け止められたのは、社員のレイアウトに繰り返しの思考が感じ取れたからです。
どうやら「かっこよさ」の答えも、思考の反復にありそうですね。
【 ショップスタッフの地位 】
この頃から、近所のショップスタッフと挨拶を交わす機会も増えていきました。これも坊主頭の効能でしょう。
界隈で「坊主のデカいヤツ(わたしは身体が大きんです)」として、少しずつ認知され始めていたのかもしれませんね。また職場では、デカくて眉毛の薄い坊主頭でジャケット姿ですから、笑顔でないと近寄りがたい雰囲気が出てしまいます。
そんな、お客さんに威圧感を出すのは、現在とは逆のアプローチですね。これは、ショップスタッフの地位が高かった時代だったから成立していたのでしょう。雑誌やSNSなどの情報も少なかったのですから、ショップスタッフとお客さんの差は大きい時代でした。
もっと言うと、(さらに)昔のセレクトショップは、尖った店ばかりでした。無茶苦茶な話も多いです。手荒な手法ですが、こうした入りにくい店で買うステイタス性もあったはずです。それだけ、その店の商品や店員に魅力があったのも事実だと思います。
【 坊主頭の終焉 】
坊主頭は、結局半年ほどでやめました。それは、内輪では評判も良かったものの、自分の中では「キャラが立ちすぎる」と感じ始めていたからです。
見た目が武器になる一方で、それに頼りすぎると自分が薄くなるように思えました。いち洋服屋として、ほかの社員やアルバイトと同様に、着こなしや内面で勝負したくなったのです。
その後も髪型は何度も変わりましたが、結局、同じ理由で「普通」に戻してしまいます。
これも試行を繰り返したからこそ出た結論です。
【 わたしとバイト仲間の行く先 】
ようやく、この仕事が楽しくなってきた頃でした。社員の思考も少しずつ理解できるようになって、怒られながらも、ショップの中で自分の居場所を感じはじめていました。
そんな矢先、フランスのブランドで働いていた友人が、スタイリストを目指すため店を辞めました。
その数ヶ月後、もうひとりの友人(後輩アルバイト)も別のセレクトショップへ移ります。
さらに、入社当初から多くを教えてくれた先輩が、イギリスへ留学すると言ってこの店を去っていきました。
夜遊びは続いていましたので、関係が切れたわけではありませんが、それでも、同じ職場の友人達が次々に辞めていったことで、背中を預けられる相手がいなくなっていました。
そんなある日、ひとりのアルバイトが出戻ってくるという話が浮上しました。
そして、彼の登場により、いままでと違うショップの景色が見えて来るのです。

