
【 フランスのとあるブランド 】
当時、バイト先の会社が交渉を重ね、ようやく日本出店にこぎつけたフランスのブランドがありました。
肩パッドのないアンコンジャケットに、太くて裾の細いボトム。そのボトムの丈は短めで、裾は4cm以上もあるダブルに仕上げます。足元は、少し大きめのオールデンのチャッカーブーツやプレーントゥで合わせるスタイルです。
それは、当時のわたしにとって、「到達点」と感じるほどのブランドでありスタイルでした。
テキスタイルデザイナーでもあるので、色出しは絶妙ながら完璧。アメリカントラディショナルの文脈を汲んでいるので、いちいち心に刺さります。
バブル期に流行したアルマーニのズート風シルエットとは違い、そのカウンターとして現れた、新しい波──まさにヌーベルバーグです。
フランス大統領御用達ともいわれ、また、多くの著名人が愛用していると聞きますが、納得のブランドです。
【 もうひとりの先輩アルバイト 】
アルバイトを始めて、2週間ほど経った頃、同い年の先輩アルバイトから、まだ会っていないアルバイトがひとりいると聞かされました。地元の幼馴染みで、今日、久しぶりに出社してくるというのです。
しばらくすると、彼はビンテージのライダースジャケットにシルクのストールを巻き、チャコールグレーのウールパンツにオールデンのプレーントゥという出で立ちで現れました。
嫌味な派手さも無い、同い年とは思えない、落ち着いた佇まいと独特の空気をまとっています。
彼は社員と入口付近で何やら話し込んだあと、店に入ることもなく、そのまま姿を消しました。
あとで聞いた話によると、彼は今日から例の(フランスの)ブランドのショップに配属されたそうです。
しばらく彼と顔を合うことはありませんでしたが、やがて彼の実家に入り浸るほどの仲になります。
そして数年後、彼は人気ブランドのデザイナーになるのですが──それは、まだずっと先の話です。
【 年下の先輩アルバイト 】
もうひとり、わたしの心の支えになったアルバイト仲間がいました。
わたしより二ヶ月ほど早く入社した、一つ年下の最年少アルバイトです。彼は西東京のアメカジ畑出身で、自分なりのカジュアルなスタイルで出勤してきます。
何かと怒られていた先輩バイトや、わたしと違い、彼は淡々と仕事に打ち込めています。
いま振り返れば、先輩やわたしには、上昇志向が先走って、社員の領域に踏み込みすぎていたのかもしれません。
これも憧れや若さから来る勢いですね。
そう考えると、彼は達観した目線で、スタイルを崩さずにいたのかもしれません。
そんな彼とは、わたしがこの店を離れるまで、苦楽を共にする仲となりました。
【 新人アルバイト 】
そして、仕事を始めて二ヶ月が経とうとするころ、ついに念願の後輩アルバイトが入ることになりました。
これでようやく、丁稚(でっち)状態も少しは薄まるハズです。しかし、そうは問屋がおろしません。
彼は、リーのウエスターナにギンガムチェックのシャツを合わせ、ヴィンテージミックスを品よくまとめたスタイルで現れました。スラッとしていて、洋服映えがまるで違います。そして、何故だかプロの風格が漂っています。
彼は目黒区ローカルの同じ歳で、すでに数箇所の洋服屋経験がありました。──これはどう考えても、後輩じゃありません。
社員の対応も明らかに違います。こうして、わたしの丁稚環境は、まだまだ続くことを悟りました。
はじめての後輩(仮)は同じ歳とは思え無いほど、しっかりしていました。その一方で、クラブ(踊る方ですね)遊びにもスマートにこなしていて、仕事終わりにほかの同じ歳の洋服屋仲間と、ちょいちょい出掛けていきました。
その後、彼らの仲間や、先輩バイトの仲間が合流して、同じ歳の洋服屋集団となっていきますが、それはちょっとだけ先のお話しです、
こうして、わたしのアパレルライフが着々と彩り豊かになっていくのでした。

