1993|渋谷「平穏な日々、将棋ブームや強盗騒ぎなど」
【 心地の良いお店 】

原宿店オープンまで、あと1か月ほどになりました。

着々と準備が進んでいく中、わたしは渋谷店に出入りする時間も多くなってきました。

内装もまだ完成していないし、商品の入荷もこれからだったので、特に仕事としてやることはありません。

やるとすれば、一階の階段裏にあった小さな倉庫の整理をしたり、店で売れた商品を、その倉庫まで補充しに来るくらいです。

だからといって、店に戻っても(小さな店なので)、居場所はありません。

結局、誰かが来たら会話の輪に入り、それ以外は、店前の渡り廊下にあるパイプ椅子に座っているか、手すりの向こう、区役所へ向かう坂をボケーっと眺めているくらいでした。

普通だったら、仕事の邪魔でしかありませんが、そこは色々な人が出入りするお店です。

先輩達も、こうしたことをあまり気にしていないようで、ほどよく放っておいてくれました。

この居心地の良さが、沢山の友人が集まる魅力だったのかもしれませんね。

 

【 モデルの同級生 】

そんな居心地の良い渋谷店に、昔から渡り廊下のパイプ椅子に座って、長い時間を過ごしている人がいました。

彼は、店にスタッフがいない時には店番もしてくれていた、お店の顔的な存在です。

当時の彼はモデルをしていて、ファッション雑誌の表紙なども飾っている有名な人でした。

古着のスウェットに、少し太めのビンテージデニムと、足元は、味の出たエンジニアブーツを履いています。

これは、わたしが高校生の時に渋谷界隈のローカル達がしていた、何気ないアメカジの最終形態です。

まさに、洗練されたスタイルですね。

もちろんモデルなので似合っているのは当然ですが、力が抜けた雰囲気で、これぞセンスだなぁと感じます。

実は、その彼とわたしが会うのは、はじめてではありませんでした。

高校三年生の時に、日比谷のクラブで、わたしの高校と、彼が通っていた高校の2校合同でパーティを開いたことがありました。

その時、彼もその場に来ていました。

とはいえ、共通の友人はいたものの、ほとんど「はじめまして」に近い距離感でした。

それでも、渋谷店のパイプ椅子に座る彼を見ていると、どこか昔から知っている人のような気もします。

あの頃の渋谷には、そういった人が何人もいました。

 

【 将棋ブーム 】

当時、渋谷の店では、将棋が流行っていました。

木製の折りたたみ式の将棋盤を広げ、狭いレジ台の上だったり、外のパイプ椅子の上で、パチリ、パチリと将棋をさしていました。

ちょうどスピリッツという雑誌で、「月下の棋士」という漫画の連載が始まったタイミングで、再び将棋をやりたいなぁなんてムードだったのかもしれません。

多少の上手い下手はあっても、レベルは拮抗していたので、勝ったり負けたりと、皆が楽しめる娯楽になっていました。

わたしも、この漫画に憧れて将棋の本を読み、定石などを試してみるのですが、何故だか一手ずれてしまうので、あり得ない負け方ばかりしていました。

そんな将棋ブームを盛り上げていたのは、向かいの雑居ビルに入っていた、DJに特化したショップの人たちです。

空いた時間があると、渋谷店まで将棋を差しにやって来ていました。

 

【 DJのセレクトショップ 】

この店のスタッフは、藤八での誕生日会にも参加している先輩達で、本職は有名なヒップホップDJをしている人達でした。

渋谷店の同じ歳の先輩社員とはとても仲が良く、彼と一緒にはじめてその店に連れて行ってもらった時、店内にはセレクトされたレコードの他に、ビッグサイズの派手なラルフローレンをはじめ、リアルなヒップホップシーンを感じる品々がラインナップされ、レジ前には、アンダーグラウンド感満載のカセットテープが置かれています。

この店には、自分の知らない、カルチャー重視の世界観が完成されていました。

きっと、細分化されたストリートムーブメントの起点が、この場所にはあったのかもしれません。

 

【 強盗騒ぎ 】

ある日、いつも通り渋谷店に行くと、店内がザワザワしていました。

どうやら渋谷店の倉庫が強盗に入られたらしいのです。

渋谷店の倉庫は、ビルの階段裏にあって、完全に死角になっています。

夜は人通りも少ないので、そこを狙われたようでした。

倉庫の鉄の扉が、バールのような物でこじ開けられた跡があります。

そして、倉庫内は荒らされた形跡がありました。

わたしが着いた時には、警察の検証も終えた後で、倉庫の整理をすることになりました。

荒らされた倉庫内は、ぱっと見、何が無くなったのか分からない状態です。

ですが、よくよく調べてみると、当時、並行輸入の定番だったカルバンクラインの下着だったり、ギャップのポケットTシャツなどの生活着ばかりが無くなっていました。

一方、お客さんから見たら、お宝と思われるブランド品は、全くの手付かずです。

警察の話だと、当時、外国人犯罪グループが渋谷界隈で同様の強盗に入っていると聞きました。

彼らにとっては、盗るものが無かったのかもしれません。

平穏に日々が過ぎているように見える渋谷の店にも、こうした小さな波が、ときどき押し寄せていました。

それでも店は、少しずつ前に進んでいます。

そして新しく始まる原宿店には、きっともっと大きな波が待っているのでしょう。

内装が完成するまで、あと数日です。

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