
【 女子社員とか、クラブ遊びとか 】
この店は、メンズだけでなくレディースも扱っていて……いや、正確には、むしろレディースのほうが人気のあるコンサバティブなお店でした。
休憩室は男女共用となっており、休み時間は、ここで女子社員と顔を合わせることになります。先輩アルバイトは彼女達とも仲が良くって、どんな話題も面白おかしく話すものですから、休憩室はいつも賑やかな空気に包まれていました。
中には夜の遊び場で顔を合わせる女子社員もいて、共通の知人も多いことから、先輩アルバイトと、その女子社員は同僚というより、友達といった雰囲気です。
ある日、その先輩アルバイトから、今週末、彼女たちが通っているクラブへ、同じ年の仲間達数名で、一緒に遊びに行こうと誘われました。
そこは、当時一番の人気クラブ(踊る方ですよ)で、街から少し離れた場所にあるため、地元の後輩が車を出してくれるといいます。
当日は仕事終わりに渋谷で軽く食事をしてから向かうことになって、そこで初めて、もうひとりの先輩アルバイトと顔を合わせました。そう、フランスのブランドに配属された先輩バイトです。
【 もうひとりの先輩アルバイト 】
彼は、キレのある弾むような話し方と、相手の本音を探るような鋭い眼光が印象的でした。何でも冗談に変えてしまう(実は照れ屋な)先輩とは、全く正反対のタイプです。
肝の据わった落ち着ついた佇まいや、周囲への気配りを見ると、彼が十代の頃、渋谷センター街に集まるグループのリーダー的存在だったことも納得です。彼を慕う友人や後輩は多く、その関係性は深く感じます。
わたし自身は、シャープさを持ち合わせていないものの、本音で会話する方が、余計なカロリーを使わず、しかも、自然体で居ることが出来たから楽でした。一緒にいて、とても居心地が良かったです。
【 GOLDに到着 】
目的地のクラブは、GOLDといって、芝浦の閑散とした倉庫街の一角にありました。
倉庫のひとつを丸ごと改装したような建物です。エントランスには、すでに多くの人が集まっており、周囲の静けさとは対照的です。
建物の奥からはズンドコ・ズンドコ・ズンドコと低音が漏れ、その響きが身体の芯に響いてくると、「クラブに来たんだなぁ」と実感します。
順番を待って中に入り、大きな階段を登ると、2階中央に大きなバーカウンターがありました。まずは、それぞれの飲み物をオーダーして一緒に来た仲間内で「おつかれ〜」って乾杯するのですが、これはクラブへ行った時の一連の作法でしょうか?いまだにここまでは変わらないですね。
乾杯を終えると、たまたま同じフロアに、例の女子社員もいて、小さなテーブルを囲って盛り上がっていました。そこに合流すると、彼女たちは仕事とは違うテンションで、そして、わたしにも同じように接してくれました。クラブ遊びの良いところは、お互いの距離が縮まるところでしょう。この日をきっかけに、わたし自身が勝手に作っていた、新人という壁も消えたような気がします。
【 クラブでの過ごし方 】
ここGOLDは、踊るための場所でもありますが、業界人が集まる社交場という印象が大きいです。はじめのうち、先輩アルバイトは、わたしに自分の知っている先輩を何人も紹介してくれました。
DJや、クラブの従業員、別のアパレルで働いている先輩などです。皆、業界慣れしているので、あたりもまろやかで、会話の引き出し方も非常に上手です。そして、共通の話題も少なくなると、引き際もスマートで、次の目的地へと行ってしまいます。
ただ、ここのセレクトショップで働いていることは、小さな特権でもあるようで、紹介されると、ショップの話題が自然と会話の糸口にもなって、また、無碍(むげ)に扱われることもありません。
社内では、まだまだ丁稚(でっち)のような立場ですが、外に出れば、なかなかのブランド力があるということです。
当時のわたしは20歳で、本来だと最年少の入場者です。たいしたコネも無い若輩者が回遊出来る場所といえば、2階か4階のダンスフロアくらいです。4階のラウンジは若手の業界人で盛り上がっていて、長居するには知り合いが少な過ぎました。
最初は非現実的な空間を楽しんでいましたが、しばらくすると、それにも慣れてしまい、ウォッカトニックのグラスを片手に、ただただ2階と4階を行き来しながら時間を潰すことになりました。
【 先輩たち 】
業界の年配層はVIPフロアに集まっているらしく、若者のフロアに姿を見せることはほとんどありません。三つ、四つ上の先輩たちは、4階のラウンジの一角に固まって、ドッカンドッカンと盛り上がっています。
――これが、業界人の世界です。
早く、こうなりたいなぁとイメージしつつ、けれど同時に、途方もない距離を感じてもいました。
そう思いながらも、そこに踏み込むだけの自信も、トークスキルも、繋がりも無い現実を飲み込みました。
数年後、ここにいた数名と一緒に働くことになり、また、他の人たちとも、近くで繋がっていますが、それはまだまだ先のお話しです。
ようやく、先輩バイトたちが戻って来てくれて「そろそろ帰ろうか」と声が掛かりました。
こうして、湾岸の灯りを背にしながら、疲れと高揚感、そして、安心感と寂しさがないまぜになった、言葉にならない感情を抱えて、家路に向かうのでした。

