
【 原宿の事務所 】
この頃になると、オリジナル商品の数も増え、渋谷の雑居ビルにあった事務所は手狭になってきました。
そこで事務所は、お店から一本駅寄りの路地にあるビルの一階へと移転します。
当時の原宿は、少し奥へ入れば渋谷よりも家賃が安くて、広いスペースを確保しやすかったからでしょう。
新しい事務所はかなり広く、奥の十数坪ほどを事務所として使っていました。
そこは会社の相談役でもあったスタイリストの事務所との共有スペースで、壁際にはデスクが並んでいるものの、中央はぽっかりと空いていて、どこか無機質な空間でした。
一方、手前の二十坪ほどのスペースは在庫置き場になっていました。
新商品の入荷があると、そこに大量の段ボールが並び、全国の卸先への発送作業が始まります。
はじめの頃は先輩も手伝ってくれていましたが、やがてその作業は、わたしひとりの仕事になっていきました。
大量の段ボールを床いっぱいに並べ、卸先ごとに商品を仕分けし、一気に発送していきます。
とはいえ、当時のわたしは、お店にも立たなければなりませんでしたから、店が比較的落ち着く時間を見計らい、2、3時間で仕分けから発送までを終わらせます。
そのためには事前準備が欠かせませんでした。
夜に予定のない日は事務所に残り、集計や伝票作成を済ませて、翌日の出荷に備えました。
今振り返っても、なかなかの仕事量だったと思います。
けれど当時は若さもあってか、不思議と苦にはなりませんでした。
むしろ、自分のペースで仕事を進め、多くの業務をこなしていくことに、充実感すら覚えていた気がします。
ただ、その一方で、心のどこかに小さなモヤモヤもありました。
誰かに残業を命じられているわけではありません。
けれど、自分が動かなければ仕事は溜まる一方で、気がつけば事務所に残るのはいつも自分ひとりでした。
気づけば、仕事は生活の中心になっていました。
当時はそれが当たり前だと思っていましたが、少しずつ心のどこかに疲れが積もっていたのかもしれません。
【 とんちゃん 】
原宿の竹下通りの端、明治通りを渡って左斜めに抜ける道の入り口にあるビルに、「とんちゃん」という飲み屋がありました。
定期的に開かれる誕生日会も、この頃になると、中目黒の「藤八」に加えて、ここ「とんちゃん」で開かれることが増えていました。
ある日、その「とんちゃん」で誕生日会が開かれました。
三十人近くが集まり、奥の座敷は人で溢れ返っています。
相変わらず、オーダーをまとめたり、空いた皿やジョッキを片付けたりしながら宴会は進んでいきます。
今回は新しいアルバイトも手伝ってくれていたので、参加していた先輩たちと話す時間も少し増えました。
また、来年入社予定の先輩の弟も参加していました。
気配りが細かく、宴会では誰よりもよく動く人です。
そして宴もたけなわになると、恒例の一気飲みが始まりました。
【 笑えない夜 】
その日のわたしは、できるだけ飲み過ぎず、事務所に戻って仕事をしようと決めていました。
しかし、そんな日に限って
「はい、(イッキ飲み)もう一回!」
という空気になってしまいます。
新入社員たちも、最初は嫌がる素振りを見せながらも、豪快な飲みっぷりでいつも以上に盛り上がっています。
そんな場で
「このあと仕事がありますので……」
などと、言える空気ではありません。
さらに、隣に座っていた先輩の弟が、一気飲みを終えると、空になったグラスを逆さにしてわたしの頭の上に乗せました。
もちろん、悪気などありません。
場を盛り上げようとしてくれたのでしょう。
けれど、その時のわたしには、先輩たちのように気の利いた返しで笑いに変える余裕がありませんでした。
「早く事務所へ戻りたいなあ」
そんなことばかり考えていました。
周りは楽しそうなのに、自分だけがそこにうまく入り込めていない。
そんな居心地の悪さを抱えたまま、会は終わりを迎えました。
【 張り詰めた糸 】
そして、「とんちゃん」前では、
「次、行くぞー!」
と、次の店の相談で盛り上がっていました。
その輪を横目に、わたしはひとり事務所へ向かって歩き出します。
すると、それを見た渋谷店の先輩が、
「タカハシ、次行くぞ」
と声を掛けてくれました。
その頃には酒も回っていて、わたしは返事もできず、そのままふらふらと歩き続けました。
すると先輩が追いかけてきて、
「どうした?」
と声を掛けてくれました。
その一言でした。
「なんで自分だけが、こんなに仕事を抱えて、夜はこんなに飲まなきゃいけないんだ」
プツリ、と何かが切れました。
「畜生(チクショウ)ー」
気が付くと、涙が溢れていました。
先輩も心配して話を聞こうとしてくれました。
けれど、わたしも自制の効かないただの酔っ払いです。
自分でも何に対してこんなに苦しくなっているのか、うまく言語化することができません。
しばらくして落ち着くと、
「すみません。今日は事務所に帰ります」
と先輩に伝えました。
先輩は心配そうな顔をしながらも、
「無理すんなよ」
と声を掛け、みんなのところへ戻っていきました。
酔いが醒めるにつれ、申し訳なさと恥ずかしさが込み上げてきました。
結局、仕事にも飲み会にも、楽しい気持ちと無理を感じる気持ちの両方がありました。
当時のわたしは、そのどちらも抱えながら走っていたのだと思います。
あれから30年以上が経ちました。
頭では分かっていても、相変わらず、自己犠牲を払って、無理しようとすることがあります。
それでも今は、
「また、やっちゃったー」
と、自分を責めずにブレーキを掛けています。
あの頃の自分、頑張ってたなぁ。
そんなふうに思えるようになりました。

