
【 アルバイト初日 】
紆余曲折あり、ついに念願だったアパレル業界の初日を迎えました。
指定された時間より少し早く店に着き、わたしはひとり、入口の前で開店を待っていました。
しばらくして、店長が中から出てきてわたしを、開店前の店内に入れてくれます。
わたしは混んでいるお店しか知らないので、静まり返った店内は神聖ささえ感じます。
しばらくすると、アルバイトや社員が出社して来ました。
初秋のまだまだ暑さも残る頃ですが、みなジャケットスタイルでビシっと決まっています。綺麗めな格好で初日を迎えたわたしでしたが、プロと素人の持っているアイテムから、着こなしまで、その差は歴然です。
そして、新人のわたしが挨拶をしますが、ほとんどのスタッフは反応しません。スカしてるとかのレベルでは無くって、全く興味がないといった空気感です。
しばらくすると、ある社員から若い社員に「新人に外の掃除を教えてやれ」と言われ、その社員は、わたしに掃除の指示をしました。
その店の前からガード下、宮下公園を越えて、明治通りまで。100m以上ある距離です。
そして、指示通り30分以上掛かって、丁寧に掃除を終え戻ってくると――
「遅えよ!」って、指示した張本人がわたしに文句を言ってきました。
【 新人への洗礼 】
いよいよお店がオープンして、少しすると、ある社員から「おまえダサいから、シャツを買って着替えろ」と低い声で言われました。アルバイト初日ですから、ある程度気を使った格好で出社したと思いますが(どんな格好か、忘れましたけど)、素人ではそこそこな格好でも、確かに、ほかの店員と比べたら、出ているオーラが全然違います。それにしても、昭和が終わったばかりとはいえ、「ダサい」という直接的な表現に驚きましたが、反論する余地も無いまま、オリジナルのシャンブレーシャツを買って、すぐに着替えました。
初日のわたしの配置は入り口近くで、次から次へとお客さんが広げたカットソーをたたむのが仕事です。「いらっしゃいませ」と声をかけながら、ひたすらひたすら "おたたみ" です。
開店とともに始まった、たたみ作業と「いらっしゃいませ」の声かけに翻弄され、ようやく客足が落ち着いた頃、ひとりの中堅社員がわたしに近づいて来ます。
すると「ボケっとしてんじゃねぇ!」といきなり怒鳴られました。
全く予想していなかった怒号に、ポカ〜ンとしてしまいました。
伏魔殿さながらの環境に愕然としつつも、部活で怒鳴られることには、すでに免疫がありました。
ただ――こんなところで、働き続けられるだろうか?
なんとも言えない孤独感が押し寄せて来ます。
しかし、休憩に入ると、同世代の先輩アルバイトが声を掛けてくれました。
【 先輩アルバイト 】
声を掛けてくれた先輩アルバイトは、わたしと同じ年で、この店で1年以上も働いているそうです。彼は真っ黒な太いウールパンツにチェックシャツを合わせ、いままでのわたしの感覚では持ち合わせていない着こなしでした。それがもう、キラキラとカッコよく見えて。これがプロの着こなしなのだと実感します。
彼は川崎ローカルで、10代の頃は渋谷センター街界隈を遊び場にしていたそうです。そのため、アメカジにも精通していました。それでもこのショップ流の着こなしがすっかり板について、アメカジ感は全く感じません。プロのオーラを身に纏っているので、同年代でも上には上がいると、世間はつくづく広いと感じます。
その先輩アルバイトは、休憩中や仕事後に会社のあれこれを教えてくれました。例えば、社員とアルバイトは雲泥の格差があって、(一部のアルバイトを除けば)アルバイトに対しては、ひどい扱いであることや、その中でも、優しい社員は誰か?恐い社員、相手にしなくていい社員などを、彼の見立てで話してくれました。
朝、わたしに掃除を指示した若手社員に関しては、「明治通りまで掃除しろっていうのは、彼が(若手社員)アルバイトで入って来た時に、俺が同じことをしてやったんだよ」って笑って話していました。負のループはこうして続くのですね。
ただ、彼の社内での立場もなかなか厳しいもので、しょっちゅう社員に怒鳴られていました。しかし、愛嬌があるので、一部の社員からはいじられつつも可愛がられていましたが、敵対している社員には、しょっちゅう噛み付いていたようです。
【 当時のショップの定石 】
そんな先輩アルバイトは、この店に必須の洋服やグッズを彼目線で色々と教えてくれました。
シャツならこのブランド、ウールパンツはこれなどです。その中でも、ベルトはJ.M.デイビッドソンのメッシュベルトが良いとか、バッグはトラファルガーのグルカバッグ、靴はJMウェストンのゴルフか、オールデンのコードバンのローファーがいいとか、ニットはジョンスメドレーなど、ほかにも沢山のこのショップならではのマナーを教えてもらいました。
早速、わたしがオールデンのローファーを購入したとき、彼の家に行き、磨き方のレクチャーを受けました。みるみるガラスのようにピカピカに変化するコードバンを見て、心から嬉しく思いました。こうして、アパレルの面白さを少しずつ感じるようになったのです。
そんな中、どの取り扱いブランドをも凌駕する――社員にとって神聖とも言えるブランドが、社内に存在していました。
それは、わたしの価値観を新たに植え付けることになるブランドです。
当時はその名すら知りませんでしたが、気づけば、少しずつその魅力に引き込まれていくのでした。

