1995|アメリカ「 ロサンゼルスで見たもの 」
【 居酒屋とロスの夜景 】

晩ご飯は、居酒屋に行きました。

詳しい場所は分かりませんが、広い駐車スペースの後ろに、ポツリと一軒のお店が建っていました。

外観もさることながら、店内やメニューも一般的な「ザ・居酒屋」といった雰囲気で、この辺りに住む日系人の故郷みたいなお店です。

当時の社長はお酒をほとんど飲みませんでしたから、アメリカの食事に飽きて、久しぶりの定食屋といった感じです。

この店では、先日、日本から古着の仕事でこっちに来ていた、近所の原宿の店で働いていた友人と待ち合わせをしていました。

彼は友達とふたりで現れましたが、お店が混んでいたこともあって、それぞれ離れた席で食事をしていました。

食事が終わると、彼の友達は帰ってしまい、友人はわたしたちに、景色が良い場所があるから、一緒に行こうと誘ってくれました。

わたしたちは、彼の車の後を付いて行きながら、目的地を目指します。

大きくカーブをしながら丘を登った先には、腰程度の石垣に囲われた天文台がありました。

ここはジェームス・ディーンの映画「理由なき反抗」でナイフの決闘をしていたグリフィス天文台でした。

ここから望む景色は、日本の圧倒される明るい夜景とは違って、はるか遠くまで数え切れないほどの豆電球が散りばめられたような、情緒を感じる眺めでした。

その後、天文台のある丘を下ったところで、友人と別れ、社長とふたりで今夜の宿に向かいます。

今回はサンタモニカにあるちょっと良い感じのモーテルに向かいます。

 

【 サンタモニカと初ドライブ 】

しばらく車を走らせると、通りの両端には背の高いパームツリーが均等に立ち並ぶエリアに入って来ました。

この辺りは街灯も無く、車もほとんど走っていません。周囲はただただ真っ暗です。

昼間だったら、大瀧詠一のレコードジャケットに出てきそうな憧れの景色でしょう。

あまりにも車通りが無いので、社長はわたしに「モーテルまで運転してみる?」と提案しました。

しかし、わたしはペーパーに毛が生えたようなダメダメドライバーでしたから、全く自信がありません。

ただ、これまでずっと運転してもらっていたので、渋々……とはいえ、その気持ちは悟らせずに、社長と運転を代わりました。

ガックンガックンしながら、車を動かし始めます。

しかし、最初の十字路をスーッとまっすぐ進むと、社長は「そこ、一時停止!」って言いました。

「危なー、やっぱりいいや!交代!」

そう言って、アメリカでの初ドライブは、ほぼワンブロックだけで終わりました。

その後、すぐに目的のモーテルに着きました。

ここはコテージのような素晴らしいところでした。

室内もリゾート地に来たような、広くてダークな色合いの、重厚感のある造りです。

「こんな素晴らしい出張なら、毎回来たいなぁ」そう感じます。

しかし、その後の出張で、こんな素敵な場所に泊まることはありませんでしたけど……

 

【 朝の散歩 】

次の日は街中を探索する予定でした。

移動時間もたいして掛からないことから、出発はゆっくり目です。

わたしは早起きをして、散歩に出掛けることにしました。

モーテルの裏には、砂浜まで下るスロープがあります。

下まで行くと、砂浜の中央あたりに、海岸線と並行して舗装された、ジョギングコースのような道がありました。

これはもしや、テレビでよく見た、ジョガーやローラースケートをする人たちが行き交う、あの道ではありませんか?

ここは端っこのようでしたから、もう少し先まで行くと、筋トレをしているマッチョマン達も居るのかもしれません。

とはいえ、まだ朝も早いので、周囲には数人が散歩をしているだけです。

道ははるか遠くまで続いているようで、10分くらい歩いても、景色がほとんど変わりません。わたしは、そろそろいいかと思い、ホテルの部屋に戻ることにしました。

その間、頭の中では、「来てー来てー来てー来てー、サンタモニカー」と桜田淳子の鼻にかかった歌声がずっとループしていました。

 

【 ラルフローレンのお城 】

最初は、ビバリーヒルズにあるラルフローレンのお店に向かいました。

ニューヨークや銀座にある、ビルディングの中に入っている店舗と違って、一棟丸ごとブランド店になっています。

その建物自体が、すべてラルフローレンのためにあって、まるで、ブランドの城のようなインパクトです。

店内に、買い付けファッションの短パン、Tシャツ姿で足を踏み入れるのが、なんだか申し訳ない感じがします。

商品も、モールにあった何度も見た商品から、インテリア、フォーマルな洋服まで、セクションごとに圧倒的なラインナップです。

ひとつのブランドで、ここまでいろいろなものを揃えていてブランドイメージが褪せないことに、ホント驚きました。

カジュアルからフォーマルまで、年齢も用途も違う人たちが、みんなラルフローレンというひとつのブランドに繋がっている。

あらためて、ラルフローレンというブランドの大きさを感じます。

ただ、この店舗にはお買い得品などはほとんどありませんでした。

そのため、今回は買い付けというより、店内のレイアウトや商品の見せ方などを見ながら、ブランドの今を知るためのリサーチで終わりました。

 

【 ロサンゼルスのニューヨーク 】

次に向かったのは、近所にあるバーニーズニューヨークです。

新宿や横浜のお店には、ちょくちょく覗くことがありましたが、商品密度こそ違えど、アメリカでも似たようなレイアウトになっていて、そこにはしっかりと「バーニーズらしさ」がありました。

あるフロアでは、ナイキのスニーカーがブランドとのコラボ企画を展開していました。

当時のナイキは、まだスポーツメーカーという印象しかなく、こうしたスニーカーを見たのは初めてだったと思います。

スポーツをするには、あまりにもデコレートされたスニーカーを見ながら

「こんなスポーツも出来ないスニーカーを、誰が履くんだろう?」

そう感じます。

まさか、その後スニーカーがファッションとして、こんなに大きな存在になるなんて、この時のわたしは知りません。

ロサンゼルス探訪は続きます。

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